日々は問題集。

現役Webライターが仕事の合間を縫って、その日に起きた問題を考える回答集

どうして「今日のケバブ丼が辛かった」のかを考える

本日、昼休みに私は行きつけのケバブ屋に足を運んだ。行きつけのケバブ屋。なんともダサいが仕様がない。事実である。珈琲が飲めない私には行きつけの喫茶店などない。

 

ともあれ、そのケバブ屋は都心に店を構えている割りには良心的な価格であり、ケバブラップとケバブ丼は400円。オーソドックスなケバブにいたってはなんと300円である。大学で食べていたケバブ屋より200円も安い。

 

そんな訳だから、万年金欠の底辺ライターである私は足繁くそのケバブ屋に通っているのである。今日も愛想が無駄に良いトルコ人と思わしき店主がせっせと謎の肉を削いでいるだろうと、私は昼休みに足を運んだのだ。

 

そのケバブ屋は移動もしないのに、何故かトラックで営業しているお店で車高が高く、私はジャンプしながら店主を呼んだ。

 

しかし、店主は出てこない。

 

不審に思った私は、さらに大きな声で店主を呼んだ。

 

すると、不機嫌そうな表情で日本人の女性がトラックの奥から出てきた。その不機嫌さはなかなかのものだった。電車で座っているとき、隣の人が見ているスマホに太陽が反射し、光で顔をしかめるくらい不機嫌そうな顔だった。

 

どうしうてそんなに嫌そうなのか、少し考えて気がついた。窓口に「休憩中」と張り紙が貼ってあったのである。これは申し訳ないことをしたと、私はすぐさま謝罪し、また日を改めると告げた。女性は「大丈夫です」と言った。そう言ったのだ。「大丈夫です」とハッキリ口にしたのである。ここ重要。

 

私はラッキーと思い、ケバブ丼の中辛を注文した。

 

注文を受け取ったその女性は器に米をよそうと、青い缶をその上にふりかけ始めた。なにをかけているのだろうか、その様子を眺めていると赤い粉が舞っているのが見えた。ヒラヒラと舞うその赤い粉は、紛うことなき唐辛子を乾燥させ、砕いて粉状にした「唐辛子パウダー」。

 

その唐辛子パウダーを親の敵を言わんばかりに一心不乱に上下するのである。

 

ふん、ふん。とみるみるうちに白い米が真っ赤に燃え出す。おい、今缶の底を叩いたぞ。あの女。マジか。ホントにこれが中辛なのか? 本気か?

 

呆気にとられた私は彼女の攻撃を見守ることしかできなかった。

 

いや待て。少し待って欲しい。私は重大なことを見落としていた。そもそも本当にアレが唐辛子パウダーなのか?

 

私は色が赤いと理由だけで「唐辛子」と判断した。しかし、色が赤いと言うだけで「唐辛子」と判断するのは些か早計ではないだろうか。人間は主観的にものごとを判断してしまう動物である。色が赤いだけなら「トマト」だって「ポスト」だってそうだろう。もしかしたら、トマトパウダーかもしれない。そうだよ。トマトパウダーだ。それならケバブにも合うし、間違いない。

 

私がそんなことを考えいると、女性は振りかけるのを止め、具材を盛り付けだした。瑞々しいレタスと、削ぎ落とした肉片を真っ赤な米の上にのせていく。

 

そしてまた青い缶に手を伸ばすと、狂気のマラカスダンスが再演される。

 

二の腕をシェイプアップさせるかのようにプルプル揺らし、軽やかに腰と肘を打ち振る様子はまさしくダンスだった。そのダンスを目の当たりした私はもう目が離せない。呆気にとられたのではない。確かに私の意志で彼女の踊りを見守ったのだ。この先に一体何があるのかを見ていたかった。ふと、自分の体から何か暖かい感情が湧き上がるのを感じた。なんだろうこの気持ちは、まさかこれが恋? 彼女のダンスはただのマラカスダンスではなかった。男を虜にする求愛のダンスだったのだ。真っ赤なマラカスで私を誘惑してくる。そのまま私の胸の赤いタンバリンも叩いてくれ。そうだ、私の気持ちはパウダーより赤いぜ。

 

「400円」

 

ようやく彼女の踊りは終わった。先ほどの情熱的な求愛を忘れてしまったのか、冷静にそう言った。私は少しだけ悲しくなって財布からお金を取り出す。愛を金で払った。

 

渡されたケバブ丼は情熱的な赤で彩られ、食欲も情欲も誘うなんとも言えない様子だった。彼女の恋文とも言えるこのケバブ丼を一刻も早く食したい私は、店の奥に備え付けてあるベンチに腰をかけ、真っ赤なそれを口に運んだ。

 

瞬間、舌が爆ぜた。

 

例えようのない熱が舌先を灼き、爆発に匹敵する衝撃が喉を襲った。辛くはなかった。ただただ痛かった。

 

これは恋文なんかじゃなかった。そんなファンシーでロマンチックなものじゃない。もっとファンキーでオートマチック拳銃で殺人予告に等しいものだったのだ。

 

先程まで彩り深い印象だったそのケバブ丼は、うって変わって地獄に見える。様相は一言で言うなら爆心地だ。肉もレタスも焔で包まれ、かつての原型を留めていない。真っ赤に包まれた肉たちの悲鳴が聞こえてきそうだった。私は悲鳴を上げた。

 

無理だ。こんなもの食べれない。

 

「違う。無理じゃありません。無理は嘘吐きの言葉なんです」耳元でワ〇ミがボソッと囁いた。「もしかしたら彼女は試練を与えたのかもしれない」 

え? どういうこと? 

ワタミは続ける。「これはテストなんですよ。これくらいの辛さを我慢できない軟弱な男じゃないって証明しなくては彼女は振り向いてくれません」

なるほど・・・・・・! 私はワタミの経営者的視点に深く感銘を受け、助言通りに爆発するケバブ丼に箸を伸ばした。

 

舌に米を乗せると、表皮をピリリと焼くような痛みが生じる。私は痛みを無視し、無理矢理飲み込む。咀嚼され形を変えた激辛米はゆっくりと食道を下降し、ジワリと痛みを全身に運んだ。分かる。米がどこを通っているのか分かる。米は痛みを生じさせながら胃まで到達した。キリリと胃が痛んだ。

 

「ふっふー・・・・・・」

 

私は息を吐いた。全身から汗が噴き出し、新年度に相応しくはない嫌悪感で体が震えた。気合いを入れ直して1口、また1口と、ケバブ丼を口に運ぶ。

 

痛い。とても痛かった。舌先の感覚が麻痺し、唇が熱かった。それでも食べるのを止めないのは、恋が痛いことを知っているからだ。そう常に恋は痛いものだ。痛みは彼女に近づくための必要儀式なのだ。そんなわけないだろ。マジで舌が痛い。もう耐えられない。痛い。つうか、こんな文章を書いている私が一番痛い。というかイタい。マジでイタい。もう20代も折り返しに来ているのに、「恋は痛いものだ」って真顔で書いているのがイタい。キツめの薬でもやってそう。コカインとか。

 

いやこれ唐辛子パウダーだわ。なんだよトマトパウダーってそんなわけねえだろ。だって、あの女「カエンペッパー」って書いてある缶を振ってたもん。「カエン」だぞカエン。漢字にすると「火炎」だ。ヤバいだろ。絶対嫌がらせだわ。ネットに書いてやるからな。今度はお前を炎上させてやるよ。カエンだけに。って、やかましいわ。

 

食べ物は粗末にしてはいけません。そう幼少期から教わっていた私は最後の一口を食べ終えると、器を投げるようにゴミ箱に捨てた。少し前の暖かい感情は鳴りを潜めていた。

 

もうダメだ。二度と来るかこんな店。休憩を邪魔した仕返しに「中辛」を「激辛の百乗」くらいにしやがって。辛いの苦手なんだよ。見栄張って「中辛」頼んでいつも後悔するくらい苦手。絶対二度とこないからな。覚えておけよ。

 

私が店を出る直前、店員の女性は「ありがとうございました」と笑顔で言った。辛さで汗だくの私にとってそれは清涼剤のようだった。

 

騙されんぞ。そんな笑顔で私を騙せると思うなよ。ツンデレか? ツンデレなのか? 最初は不機嫌で激辛料理を押しつけるが、帰りは笑顔で見送る。ツンデレじゃねえか。いつからここはツンデレケバブになったんだ。そうやって考えると、激辛料理にも照れ隠しが入っていたように感じる。あれだ、普通に作っちゃうと本気だと思われるから嫌だ、的なね。アレですよ。

 

いかんいかん。危うく恋に落ちるところだった。もうここには来ないって決めたはずだ。

 

・・・・・・次回は甘口でお願いします。

 

ケバブ丼の辛さは恋の辛さであった。